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僧侶としての坊さんに
お尋ねします。




虐待死した子どもの魂は
どうなりますか?


私は特に何の信仰もないし、

「生まれ変わり」も信じていませんが、

最近そのことばかり考えています。

きっとあの世があるなら楽しいことや優しさ、
心地よさしかない世界に行くんじゃないか。

とか、


生まれ変わって親バカ中の親バカみたいな両親に
溺愛されるんじゃないか。

とか、


根拠のない妄想をしては、

絶望感と無力感に苛まれ、

心身共に病んでいます。


昔、「賽の河原」の話を聞いて
嫌な気持ちになりました。


親より先に死んだ子どもは
賽の河原で石を積んでそれを鬼が崩しにくる。

という話です。


仏教ではそういう考えなのでしょうか?


毎日辛くて悲しくて。

でも
私がいくら悲しもうが
その子には1ミリも
役に立たない事実がキツイです。










坊さんは




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と考えています。



だって

生きていた時が
地獄の苦しみだったんだから
それ以上の苦しみなんて
起らない

だから

亡くなった子は


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です。








しかし
今を生きている
私たちには



今まで虐待されていた

辛い 悲しい

という

エネルギーが




その場や
関わった人たち
ニュースを見た人達に残るし
伝わっていくと思います。





そして

『何かを
 変えないと』


と思った人には

その
悲しみのエネルギーが


次の悲しみを生まない方向に
エネルギーはむかうでしょう。


例えば
この事件をきっかけに


近所の子を気にかける様に
なる人が増えるかもしれません


法律がかわり親権を即座に
奪えるルールができるかもしれません。


児童相談所がかかわり方を
かえるかもしれません。


虐待された子を里親として
受け入れる人が増えるかもしれません。


虐待について学ぶ人が
増えるかもしれません。



虐待している親が
やめてくれるかもしれません。






逆に

虐待を加えた
当事者たちは
この
辛い悲しみのエネルギーを受けて
社会的にも
精神的にも
相当追い詰められて
いくでしょう。






仏教的に言うと


実はブッダは



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と説いたと
言われています。


今を生きる

今の子された我々が
どう考えてどう行動するか

が大切なんだよと・・・。








地獄の考え方は

仏教が中国を通過した時に

道教の影響を
受けたからと言われています。





賽の河原についても
坊さんはこう考えています。


昔は子どもが先に
死ぬことも多かった




親より先に死んだら

親めっちゃ悲しむで

だから

親より早く死んだら
石を積んでは
鬼に崩され
ひたすら怖くしんどい
おもいせなあかんで


だから




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これを伝えたいがために
方便で
こんな話を作ったんだと

坊さんの超訳ですが

坊さんはそう解釈しています。